アンカレッジ経由と冷戦

週末、久しぶりにドイツの母と電話で話した。いろんな話をした。とりわけウクライナで起こっていることにはとても心を痛めていて、二人して、電話口で泣いてしまった。直接的に何かあったわけではないけども、それでも、いろんな顔が思い浮かぶし、なんとなく、心の距離が近いのだ。思っていた以上に。

ベルリン人も似たような感覚を持った人が多くいて、想像通り、ウクライナから辿り着いた人々のステイ先として自宅を提供する人がたくさんいる。共に長旅を頑張ったわんちゃんたちの居場所も。この15年で物価も上がり、経済的にも大分豊かになって街は変わってきたけど、隣人に優しく、自分にできることを淡々とするところは変わっていない様で、それが妙に嬉しかった。不思議だけども。

反対に遠くなってしまったのがドイツだ。物理的な飛行距離が伸びてしまった。今でこそデフォルトルートだが、ロシアの上空を飛べるようになったのは冷戦が終結後のことで、それ以前はご存知のとおり、アンカレッジ経由の便が多かった。それが暫定的に(?)復活する可能性があるとして「懐かしの・・・」といったヘッドラインを多く見かけた。

私はというと、ぎりぎり覚えていない(懐かしめない)年齢なのだ。0歳児で一時帰国した時のことは当然覚えていないし、それ以来、実はアンカレッジ経由の飛行機に乗っていないらしい。いや、乗るはずだったのだが、母がこんな思い出話をしてくれた。なぜか今まで知らずにいた、かといって特別な何かがあるわけでもない、旅の思い出。アンカレッジと聞いて思い出すのだそう。

1989年12月。母は3歳の私を連れて一時帰国する予定だった。ところが、直前になって高熱を出してしまい、出発日を変更した。ちびっ子の発熱なんてよくある話だ。

ところが、我々親子が乗るはずだった飛行機(アンカレッジ経由成田空港行き)が、堕ちたという知らせが旅行会社に入って来たのだと言う。幸い、それは誤報であることがすぐに判明し、乗客もクルーも全員無事だった。とはいえ、墜落寸前の事故である。どうやら、その飛行機が着陸態勢に入った後、前日に噴火したリダウト山からの火山灰でできた厚い雲の中を通過していると、火山灰がジェットエンジンの中で溶けて付着し、エンジンが過熱で自動停止。14,000フィートも急降下したらしい。全員が無事だったことは奇跡とさえ思えるような話である。しかも、聞くところによると、この飛行機には子供だけで帰国する受験生も多く乗っていたそう。日本に到着するまで、どんなに心細かっただろう…。まだ熱っぽい3歳児(そしてその母親)にとってもかなりタフな旅となっていたに違いない。予知夢ならぬ予知熱が知らせてくれていたのかもしれないと家族の間では語られていたらしい(初耳)。

話はまだ終わらない。続きがある。

今度は無事に出発の日を迎えた。飛行機の扉もしまり、キャビンアテンダントの挨拶が始まると・・・「この飛行機はアンカレッジを経由する予定でしたが、火山灰の影響を受ける可能性がある為、モスクワを経由することになりました」というアナウンスが!!困惑した声が至る方向から漏れ聞こえてくる。

乗客がざわつくのも当然だろう。なにせ、時は1989年12月。冷戦が終結した当月の出来事である。ほんのちょっと前まで渡り鳥ですら撃ち落とされると言われていたロシア上空を飛んだ経験がある人はほんの数人。大多数の人にとっては未知なる世界だ。母もよほど緊張していたのか、給油中にモスクワの空港で降りたのかすら思い出せないらしい。さすがに空港を見ていたら覚えていると思うから、機内で待機してたのではないかと推測している。火山灰は免れたが思い出深い旅になることはどうやら約束されていたらしい。

もちろん、何事もなく成田空港に到着した。もう1つだけ誤算があったとしたら、ロシア上空を飛んだことによる時短効果が絶大で、車で迎えに来てくれる予定だった祖父が全く間に合わなかったそうだ。携帯もまだそれほど普及してないような時代に連絡が取れたということは、家を出発すらしていなかったはずで、片道3時間程かかっていたから… これはなかなかインパクトがある数字である。

それにしても、もし、当時私が大人として体験していたとしたら・・・それはそれは感慨深かっただろうなあ…。多分。その時は何も分かっていなかったし、私自身も覚えてもいないけど、母の話を聞きながら、想像空間で追体験していた。それなのに、その空を今は飛べない。

次にドイツに里帰りする時はどこを経由することになるんだろうか。その時は、いつもみたいに値段ではなく、空で選んでみようかな、そんなことを思ったのだった。一日も早く平穏な気持ちを取り戻せる日が来ることを願いながら。

因みに…リダウト山の火山灰による飛行機トラブルはネットにもいくつか記事が残ってました。この記事は搭乗していた人の声を拾っているという意味で貴重な記事。

https://web.archive.org/web/20160303221900/http://www.heraldnet.com/article/20100418/NEWS02/704189878

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この記事を書いた人

ドイツ生まれ・育ちのラジオパーソナリティー ・マルチリンガルMC ・通訳。27歳で日本に移住。現在TOKYO FM・JFN・NHK Eテレ(「旅するためのドイツ語」)にレギュラー出演中。

今までに勉強した言語は、日本語・ドイツ語・英語・ラテン語・フランス語・スペイン語・韓国語・中国語の8ヶ国語。

ペンギン・猫・映画 ・DIY・どら焼きが好き。

FM BIRD所属。

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