おかえり、私。

東京オリンピック閉幕。多くの人がオリンピックとは何かを問い、殊に開催国に住む人間として受けたインパクトは大きかったのではないでしょうか。ここに、極めて個人的な心境の変化について書き記しておきます。

故きを温ねて新しきを知らば以って師となるべし

 

私自身は、この大会でフランス語を使うお仕事を頂き、そして、今、無事に任務を終えて安堵すると同時に、新しい時代の匂いを感じています。別の表現をするならば、価値観が大きく揺らぎました。もう少し具体的に言えば、これは私の軸なんだ!とありのままに受け止められるようになったという意味で、マルチリンガルであることの呪縛からやっと解放されたような気がしたのです。

 

期待と絶望

 

言語はツールである。それ以上でもそれ以下でもない。これは、大学を卒業し、就職活動に苦戦していた時に直面した現実です。現地校に転入後、同級生に少しでも近付くために必死に勉強して、やっとの思いで少しは自信を持てるようになったのに、幼い頃に大人たちから聞いた話のようには私の人生を導いてはくれませんでした。なんだか、心が穴だらけのバケツになってしまったようでした。

 

そして、理解するのです。言語はその人の本質ではない、と。じゃぁ、私の軸ってなんだろう?私の主体性ってどこにあるんだろう?本当はやりたかったことってなんだろう?考える余裕すらなかったし、こんなに大事なことをどうして誰も教えてくれなかったんだろう?と憤りすら覚えたのです。

 

「言語の人」からの脱却

 

そこから、数年かけて、いくつか大きな目標を立てました。ひとつは、在京キー局でラジオパーソナリティーとしてデビューすること。誰に見せるわけでもないのに、ウィッシュリストに思い切って書いた時の緊張感や恥ずかしさは今でも忘れられません。

 

2018年にその夢は叶います。でも、夢は叶えた後の方が大事なんですよね。どんなラジオパーソナリティーになりたいか、どうやって価値のある人・唯一無二の人になれるのか、どうやって社会に貢献していくか・・・考えることは山ほどあります。

 

もうひとつの大きな目標が東京オリンピックに仕事で関わることでした。実は、メディアとして取材するとか、海外アスリートへインタビューするとか、そういうイメージでいたのです。

 

つまり、「言語の人(≒ツール)」としてではなく、「ラジオの人(≒本質?!)」として実績を積みたかったとも言えます。しかし、その形では関われそうな気配がなかったので、まぁ、仕方ないかぁと諦めていた矢先に、です。まさか、高校生の時に第三外国語として選択したフランス語が鍵となるなんて、誰が想像できたでしょう。

 

この経験が・・・選ばれた事実や、そこで出会った人がかけてくれた言葉が、私の価値観を揺るがしたのです。

 

新しい物差し

 

結局、若りし頃の私を絶望の淵へと追いやった言語たちに助けられているのです。ラジオの世界も、ドイツ語講座への出演も、オリンピックも繋げてくれたのは言語であり、ただのツールではなかったのです。

 

正確には、当時の私にはツールとしてしか使う能力がなかった、ということなのだと思います。魔法のようなもので、使い手が成長しないと機能しないのでしょう。

 

では、あの時と何が違うのか・・・?

 

ひとつは経験です。経験値が0だと、いくら掛け算しても0にしかなりませんが、0.01になれば話は変わってきますよね。そして、もうひとつは新しい物差しです。

 

8ヶ国語の素養があると言っても、ひとつひとつの言語の習得度にはバラツキがあります。また、より高い次元でマスターしている人がたくさんいることもよく知っています。しかし、物差しを変えてみると評価が変わり、別の世界が繰り広げられていることを目の当たりにしたわけです。

 

「才能は他者の中にある」

 

話は飛びますが、山田ズーニーさんは、著書『おとなの小論文教室。』で養老孟司さんの言葉を受けて「才能は自分の中になく、他者の中にある」と考えてみたらどうだろうか?と投げかけています。(p.115)

 

例えば、今回のフランス語も厳しい審査を突破して選んで頂いたそうですが、自分の物差しで測ると大したことなくても、基準が変われば十分に価値がある可能性があるということです。それはまたひとつの現実として受け止めるべきです。現実はひとつだけではないのですから。

 

え、今更?と思った方もいらっしゃるかもしれません(笑)しかし、私自身で言語は自分の血肉であると認められない限りは、代替え可能な産物でしか有り得なかったと思えてならないのです。

 

再構築

 

言語(多言語・多文化・多国籍)は、あなたを孤独な無人島に流す船になってしまうことがあります。残念ながら、この真実はあまり多く語られません。でも、この世の中を航海する船でもあるはず・・・!今後、綿谷エリナとして考えていきたいのは、その分岐点や相違点です。もちろん、希望も!

 

言語ってツールだけじゃないならそもそも何だろう、何を学んでいるのだろうという問いから始まるのかもしれない。どの点と点が結ばれて、どんな線が引かれていくのか・・・私じゃないと語れないことはどこにあるのか、やっと素直に向き合うことができそうです。

 

積み重ねて、壊して、再構築し始める・・・奇妙なことに、私自身を取り戻すような、私にとっては「復興」がテーマとなった忘れられない大会でした。おかえり、私。

 

最後に・・・選手、すべての大会関係者、医療従事者、そして、この大会の為に何かを我慢したすべての皆様方・・・パラリンピックもまだありますが、おつかれさまでした。同時に、応援してくれてきた家族・友人・FMBIRD・リスナーの皆様方に感謝の気持ちを込めて。

 

参考文献

最近読み直していて、以前は読み流していたことにハッとすることが多かったです。モヤモヤを抱えている人、何かを変えたいなぁと感じている人のヒントになるかもしれません。

 

「おとなの小論文教室。」 山田ズーニー

 

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