ドキュメンタリー映画「盆唄」

先日のニュース(https://www.iwate-np.co.jp/article/2019/3/3/48301)で

東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で被災した岩手、宮城、福島3県の42市町村で、無形民俗文化財に指定された祭りの14%が中断したものの、うち74%は復活したことが2日、共同通信の調査で分かった。担い手不足という課題も浮き彫りになった。

ということでしたが・・・今日は、先祖代々から愛されてきた”盆唄”の今を追った壮大ドキュメンタリー映画『盆唄(中江祐司監督)』をご紹介したいと思います。

双葉町の盆唄をハワイで歌い継ぐ

東日本大震災から4年が経過した2015年、全町避難が続く福島県双葉町の人々は“盆唄“が消滅の危機にあることを憂いていました。そんな中、ハワイ・マウイ島で「FUKUSHIMA ONDO」が日系人によって歌い継がれていることを知ります。100年以上前にフクシマからハワイへ移住した人々の多くが福島出身で、彼らが盆踊りを伝えたためです。

その瞬間、彼らに希望が生まれ、「双葉町の盆唄をハワイの日系人に歌い継いでもらおう」という一大プロジェクトが始まります。そして、唄、太鼓、笛・・・練習を再開し、それぞれの時を刻み始め・・・

「自分たちが生きているうちには、
あの場所では、もう盆踊りはできないかもしれない。
このままでは消えて無くなってしまうかもしれない。
いつか、また祭りができる日が来た暁には、
ハワイから双葉盆唄をまた持ち帰って欲しい」

そんな思いを胸に双葉盆唄チームはハワイへ渡るのでした。

故郷を離れることとは

そこで知ったのは、ハワイへ移住した人たちの苦悩と故郷を想う気持ち。

一旗揚げて帰国するつもりが、待ち受けていたのは大変な重労働と貧困。太平洋戦争が始まれば、日本人だと敵視され、アメリカに忠誠心を示すために積極的に志願兵として戦場へ赴き、尊い命が奪われるという悲しい歴史も・・・。

”よそもの”として生きていくこと、帰りたくても帰れない、そのつらさは計り知れません。避難生活を余儀なくされている双葉町盆唄チームが「今ならその気持ちがわかるよ」と、カメラに向かって呟いていたのが印象的でした。

そんなメンバーのうち一人は、その昔、飢饉で多くの民が命を落とし、農作業の働き手が足りなくなった時に富山から移住して来た助っ人の末裔であることが分かるのでした。彼らもまた”よそもの”と言われながらも、たくましく生き抜いた人たち。

「盆唄の継承」と「先祖たちのヒューマンドラマ」

この二つの大きなテーマがクライマックスに向かって繋がっていきます。マウイ島で行われた盆踊りの本番当日へ向けた練習も白熱。双葉町の盆唄が教えてくれた、海を超えた人たちとの繋がり。冒頭とは(おそらく)全く違って聴こえる魂の声と、壮大なストーリーに胸が熱くなり、きっと観た人それぞれが色んな人・もの・場所などに思いを馳せる映画だと思います。

私は「移住」「日系人」というテーマにどうしても反応してしまうのですが、当時は違い、これだけ自由に行き来できる時代です。日本に住んでいる今も「帰国」したとも思っていないし、「移住」もちょっと違う、その間にある曖昧な感覚です。居場所がないのではなくて、色んなところに居場所がある。この感覚、なんて表現したら良いのでしょうね?

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