映画レビュー:私の知らないわたしの素顔

映画

2019年に観た映画の中でかなり上位に食い込んできました。心の中に余韻という名前の考える種を植え付けていった映画。ラストの残酷さに打ちのめされつつ、きっと、観た人同士で有意義な議論が生まれます。リルケの詩が好きな方にもおすすめ。

『私の知らないわたしの素顔』予告編

 

 

あらすじ

パリで文学を教える大学教授のクレール(50代・夫とは離婚)が、フラれた年下の恋人のことを探るために、<24歳のクララ>として偽りのアカウントを開設。そこで彼の友達アレックスと繋がり、二人は恋に落ちてしまう・・・

クレール=クララは、アレックスに愛されることで満たされていくものの、真実を剥き出しにすることができない状況に次第に追い込まれていく。クララとの実らぬ恋に絶望するアレックスの信じ難いその後を聞かされ、精神を病んでしまうクレールは、物語を書くことで自分の気持ちを整理しようとする。

ヒッチコックがSNSを題材に撮ったらこうなる

ここまでが前半。ストーリーは想像通り。
ああ、SNSに救いを求めて破滅するミッドクライシス女性の話ね、という感じで、寧ろ期待外れなくらいだったのが・・・ここからの二転三転がすごかった。

というのも、この作品、フランスで最も権威ある文学賞の一つであるフェミナ賞受賞作家、カミーユ・ロランスの小説「Celle que vous croyez」を映画化したもので、2019年のベルリン国際映画祭スペシャルガラセレクションとして出品されています。

そこで『ヒッチコックがSNSを題材に映画を撮ったらこうなる』と評され、サイコロジカルサスペンスと言われるのにも納得。

更に・・・リルケの詩が非常に効果的に引用されていて、台詞が美しい。音楽(イブラヒム・マーロフ)もまた物語が厚みを持たせていて・・・良い感じ。

感想(ネタバレなし)

ということで、後半からが見所!物語はクレールの心の傷の奥深い闇へと徐々に誘われていきます。

なぜ、美しく聡明なクレールは、バーチャル恋愛にのめり込んでしまったのか?他人の写真を使ってまで”なりすます”必要性があったのか?!そもそも<24歳のクララ>は誰なのか?

クレールは心境を語る。
若さや美貌を取り戻せば、自分らしさを取り戻せる。女として幸せをまだ諦めきれない。架空の女性と恋に落ちた男性への想いを断ち切るにはどうしたら良いんだろう?でも、存在しない女性がライバルなのでは、一生超えられない。

確かに存在しないものを超えることはできない・・・

が、最後の最後に、クレールから聞かされる衝撃の事実がこの物語の軸を完全に違うものにしてしまいます。

「あーーーーーーーーー・・・・・・・そうくるのか・・・・・・」

クレールの絶望感とか虚無感による闇の深さ、エンドロール直前の最後のシーンにぞっとしたのでした。

誰しもがクレールになりうる、私の物語かもしれない

彼女は、幸せな恋愛を以って上書きすることで解を得られると思っていたけど、多分問題はもっと根源的なところにある。

SNS(+その中で作り上げている自分)との距離感は適切か?現実から目を逸らしていないか?

そんなメッセージに心臓をぎゅっと掴まれたような気がする。なぜって、クレールは他人ではなく、私たちの中にも影を潜めているから。

映画情報

2019年製作/101分/R15+/フランス
公開日:2020年1月17日
原題:Celle que vous croyez
監督:サフィ・ネブー
製作:ミシェル・サン=ジャン
原作:カミーユ・ロランス
脚本:サフィ・ネブー、ジュリー・ペール
撮影:ジル・ポルト
音楽:イブラヒム・マルーフ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ニコール・ガルシア、フランソワ・シビル、ギョーム・グイ、シャルル・ベルリング、クロード・ペロン、マリー=アンジュ・カスタ

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