#14 ドイツで何を食べて育ったのか(前編)

文化比較

「お家ではやっぱりドイツ料理が出たの?それとも意外に和食?」

よく聞かれることのひとつ。先に答えを書いておくと日本の家庭とそれほど変わらない食卓だったのではないかと思います。カレーの日、野菜炒めとお味噌汁の日、お魚の日は確かに少なかったけど、餃子もよく作ったし、梅干しや納豆も大好き、風邪を引いたらやっぱりお粥さんだし、グラタンやパスタも麻婆豆腐も作る… 

毎日必ず具沢山で丁寧に細かく野菜がカットされたサラダを作ってくれたり、ケーキやワッフルが何かしら焼いてあったり、今思うと気が遠くなるくらい手作りが多かったとは思いますが、日本に住んでいたとしても作ってくれていたと思います。(控えめに言ってレストランママは世界一☺️

そもそも、ご飯を作ってくれていた母が日本育ちの日本人ですから、長らく「不思議な質問だなあ~」と感じていたのですが、そうか、知りたいことはこういうことだったのかもしれない!と思い付いたので書いてみます。

当時、ドイツでどんな日本食材が手に入ったのか>
<どんなものが作れて、どんなものが作れなかったのか?>
そもそもドイツ料理ってどんなものかソーセージ以外にイメージがあまりない>

 

デュッセルドルフと日本

ご存知の通り、当時の西ドイツ、デュッセルドルフという町で生まれ育ちました。日本人街があることで有名で、60万人ほどいる人口の1%前後が日本人と言われています。その中でも日本人街の中心地と呼ばれるインマーマン通りから歩いていける所に住んでいました。因みに、70年代・80年代に渡独したサービス業従事者(日本人向けのレストラン・小売業・ヘアサロンなどなど)はその周辺在住者が多く、幼馴染たちも概ね近所に住んでいました。つまり、日本人コミュニティーの中で育ったわけです。

充実した日本食スーパーマーケット

当然、日本の食材を扱っているスーパーマーケットもあり、輸送コストの分だけお値段が割高ではあったものの、足りないものはほとんどなかったと思います。ひょっとすると都心の小さなスーパーマーケットよりも品揃えは良かったかもしれない。

醤油はヨーロッパの工場で作られたキッコーマンが普通に売っていたし、お豆腐屋さんもあり、お刺身も、日本のお酒も、お菓子もなんでも売っていたんですよ。(私が一番好きだったのは、カルビーのさやえんどう!笑)

お米に関して言えば、日本から輸入しているもの・カリフォルニア米・イタリア産のあきたこまちなど、種類も意外と豊富で、我が家はあきたこまちを買うことが多かったです。銘柄でいうとあきたこまちの他にはコシヒカリ、ササニシキ、玉錦も売ってたような

一番有名なのは松竹さん(http://shochiku-online.com/404.php?&id_lang=10)も一応ありますが・・・わかりにくいかなぁ・・・(笑)

百貨店もありました

そういえば、三越も当時ありまして。ワンフロアだけで、基本的には駐在員の方が一時帰国の際に購入するドイツの高級なお土産を扱うお店だったので、滅多に用事はなかったのですが、北陸フェアの時だけは色々買い込んでいました。幼い時分はは石川?金沢?という感じなので、なにがどう我が家にとって特別なのか理解はしていませんでしたが、いつものお醤油よりも甘くて美味しかったことと、母がとても嬉しそうだったことはよく覚えています。母自身は、東京育ちですが、思い出の味なのでしょう。

日本食は身近だけどちょっと特別

ドイツらしさを何も感じない食事情になりましたが、とはいえ、幼いなりに日本食が特別であることは理解していたようで、だからこその喜びだったように思います。中華よりもお寿司の方がテンション上がったもんね(笑)中でも私がとても楽しみにしていたものは・・・

納豆

例えば、納豆は冷凍がデフォルト。しかも、高い!日本では100円前後で売られている、ありふれたおかめ納豆が3€350円~400円)超える!もはや高級食材です。1パックを母と半分ずつ。しかも冷凍だとすぐには食べられないので、半日かけて解凍するのですが、それがまたワクワク増加剤になっていた気がします(笑)

SAL便

祖父母が日本から送ってくれたSAL便がとても楽しみでした。大好物だったのがとろろ昆布と亀田製菓の海苔巻き煎餅。乾燥ひじき・高野豆腐・切り干し大根・鰹節もよく入ってましたね。これらも多分購入はできたのだとは思いますが、我が家のSAL便の定番。

漬物

そうそう、あとはお漬物・・・中でも胡瓜のお漬物が手に入ろうものなら狂喜乱舞していたそうですよ(笑)あまりに好きだったものだから、ダメと滅多に言わない母が「今日はもうダメ〜」と言うくらいに。我ながら渋過ぎるw

和食が好きになった理由?

私の方が和食党だったそうです。それもなんだか不思議な話ですが、ただ、今思い返すと幼馴染のお父さんたちは板前さんが多く、誕生日会ともなると、それはそれは美味しいものを振る舞ってくれたものです。何を食べたかはあまり覚えていないんですけどね(笑)ただものすごく美味しかった。彼らが和食の美味しさを教えてくれたのかもしれません。

今日はここまで!明日はいよいよドイツだからこその綿谷家の食卓について書いて行こうと思います^^

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